2015年5月8日金曜日

きっかけは

一本の電話。

ディレクターさん(以降「D」)「宇佐美くん、いま大丈夫?」
宇佐美(以下「宇」)「はい、大丈夫です」
D「宇佐美くんて自分で曲書いたりしてるんだよね?」
宇「はい、歌ものは最近始めたばかりなのでまだまだ勉強中ですけど」
D「打ち込みしたりシンセ持ったりしてるんだよね」
宇「はい」
D「じゃ、☓☓日に◯◯が作曲するんだけど、マニピュレーターやってくれない?」
宇「はい!やりますやります!」
D「OK、じゃあよろしくお願いしまーす」
宇「あ、すみません」
D「ん?」
宇「マニピュレーターってなんですか?何するんでしょうか」
D「あぁ。◯◯からこうしてって言われたことをやってくれれば大丈夫!」
宇「わかりました!よろしくお願いいたします!(全然わかってない)」

今から15年前、僕のマニピュレーターデビューが決まった瞬間でした。
たぶん、ほぼそのままの会話です。
ちなみにこの◯◯さんはゴスペラーズ村上氏。
全貌を把握してないままレコーディングスタジオへ自分のパソコンや沢山のシンセを持ち込み、いざ作業スタートとなります。
で、実際のところ何をしたか?

以前のエントリーに書いたことそのままなので詳しくはこちらのエントリーを見て頂ければ早いのですが、簡単に言えば村上氏の頭の中にあるトラック(各楽器の音色・演奏、アレンジ)のイメージを実際の音として具現化する作業でした。
実は、当時僕はいくつもシンセやドラムマシンを持っているわりには扱いにそこまで詳しい訳ではなかったので、こんな感じの音が欲しいと言われてその場で手持ちにない音色を作るのに苦労したことを覚えています。
雨音の「ぽちゃっ」をカウベルから作ったのはこの時ですね(笑)
こんなニュアンスでエレピ弾いてと言われて「村上さんが思うニュアンス」は何なのかを探りながら弾けない鍵盤と格闘してみたりと、いま思い返しても随分と僕待ちの時間が多く申し訳なかったなぁと…。
トラックがある程度出来てからは今度は仮歌を録ったりアレンジを更にブラッシュアップしたりと、とにかく盛り沢山な一日でした。
お昼から始まって終わったのが翌朝だったな〜。

自分の経験のなさが大爆発していた初サポートだったと思うのですが、その時の僕のトラック作りや絞り出したなけなしのアイデアを気に入って頂けたことがゴスペラーズの作曲合宿への参加のきっかけとなったようです。
それ以降、メンバーの作曲サポートをさせてもらっているうちにコーラスアレンジの仕方、なによりメロディーや歌詞に対するシンガーの気持ちの乗せ方などが分かるようになり、その後の自分の作編曲業への礎になっています。

ライブサポートでもシンガー、プレイヤー、パフォーマー、そしてお客さんの気持ちを汲んでセッションするということが大事ですので、初心から芽生えた枝葉は様々な場面に活かされています。

きっかけはいろいろ、です。